六本木アートナイト Roppongi Art Night

日比野克彦が陸前高田で木炭を作った理由。

六本木アートナイト2013のシンボル《TRIP→プロジェクト》には、
3.11以降の新しいアートのカタチが灯される。

六本木アートナイト2013のシンボルは、灯台をモチーフにした高さ約8mの巨大モニュメントが夜の街を灯し続けること。アートファンは、六本木ヒルズアリーナに建てられたこの灯台を中心に、美術館や公園、商店街など、街のいろいろな場所に創られたアートを旅するように回っていく。その開催を1ヶ月前に控えてアーティスティックディレクターの日比野克彦が向かったのは、岩手県の陸前高田市。目的は灯火のための木炭を作るためだ。
「灯台を作るプロジェクト《TRIP→プロジェクト》には、大きく2つの想いが込められています。アートナイトは過去3回開催されていますが、点在するアート作品を、一つのコンセプトでつなぐという試みを今回初めて行いました。今回はこの灯台を中心にそれぞれの作品を回遊することで、街全体をひとつの作品展のように構成します。そしてもうひとつの想いは、東北とのつながりと追悼。3.11以降、アートの価値観は変わってきています。一部の知識ある人が嗜好するためものではなくて、社会や生活の中でアートがどう機能するのか、その新しい立ち位置を築いていくことが求められています。そういう意味で3.11はアート界にとっても忘れてはいけない日です。」

今回、灯台の灯火には、東日本大震災で津波の被害を受けた塩害杉が使われている。波をかぶって立ち枯れた樹木は家屋や道路などに倒れる恐れがない限り、伐採するための資金的援助を市から受けることができない。そのため、被災地の山裾にはいまも多くの塩害木が残っている。陸前高田市と森林組合の協力のもと、日比野克彦は3本の塩害杉にチェーンソーをいれた。途中から雪が舞う中、樹齢50年近い約25mの塩害杉が音をたてて倒れていく。「 きっかけは伊東豊雄さんが中心となって活動している『みんなの家』プロジェクトでした。建材としては敬遠される塩害木を使って家を建てているのを知り、灯台の火を塩害杉の炎にしたいと思ったんです。」
とはいえ、六本木の街で火を灯すことは消防法をクリアしなくてはならないため、ハードルは高い。
「消防法では炎の高さを常に20cm以下に維持できなくては企画は通らない。テストを繰り返したんですが、これはかなり難しい。それと灰が飛ぶので住民への迷惑になる可能性もある。ただ今回の企画はどうしても夜の六本木に東北の火を灯したかった。それで木炭の火にしたんです。」

陸前高田市の生出地区は古くから炭焼きが盛んで、現在も木炭の産地として知られている場所。森林組合をリタイアして、昨年、炭焼き窯を作ったという菅野房雄さんに教えを請いながら、日比野克彦は木炭作りの工程を行った。チェーンソーで約70cmの長さに切った丸太を、薪割り機と斧で切りそろえ、奥行き3m×幅2.2mの窯の中に入って、木を隙間なく並べていく。気温は氷点下5度。アートナイトスタッフ含め約15 名で昼から行われたこの作業は暗くなる頃にようやく仕上がり、最後に窯に火がくべられた。「市役所で今回のプロジェクトの説明をした際に、久保田崇副市長から、『既に日本では震災のことが忘れられてきている』という話を聞きました。だからこそ、いま東北に直接赴いて身体的な作業を共有することで、そのプロセスの過程自体もアートとして伝えたかった。」

日比野克彦が構想する六本木アートナイトの灯火には、そんな想いが込められている。久保田副市長によると、陸前高田市はいまぽつぽつと復旧工事が始まったところ。実際には復興にあと5年はかかるだろうということだ。震災後2年目で人々は3.11を忘れ始めているという事実を前に、アートの灯火が、来年、再来年と永続的な復興支援を続けていくことができるのか。灯台を見ながら考えるべき課題にこそ、今後のアートの価値がありそうだ。

文:松尾 仁、撮影:今津聡子